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福岡地方裁判所 昭和41年(行ウ)17号 判決 1969年8月05日

北九州市門司区大黒帯田町六丁目

原告

馬場サツ子

右訴訟代理人弁護士

三浦久

右同復代理人弁護士

鍬田万喜雄

右同

林健一郎

右同

古原進

北九州市門司区小森江北川町

被告

門司税務署長

重藤盛勝

右指定代理人大蔵事務官

大塚悟

右同

小林淳

右同

大神哲成

法務大臣指定代理人検事

島村芳見

右同法務事務官

東熙

右同

中山章

右当事者間の更正決定取消請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

被告が原告の昭和三九年度分所得税に対する異議申立について昭和四一年一月二七日付でなした決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(1)  本案前

原告の訴えを却下する。

(2)  本案

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

一、原告の請求原因

(1)  原告は、飲食店の経営を業とするものであるが、昭和四〇年三月一五日被告に対し、昭和三九年度分所得税につき総所得金額二七万三、〇五八円、課税される所得金額四万四、九〇〇円、これに対する所得税額三、五二〇円と確定申告したところ、被告は、昭和四〇年九月二九日付で、総所得金額を一〇五万八、七〇四円、課税される所得金額を八三万五〇〇円、これに対する税額を一三万五〇〇円とする旨の更正決定を行つた。右更正決定に対する原告の異議申立に対し、被告は、昭和四一年一月二七日付で原決定を取消し、総所得金額六六万五三一円、課税される所得金額四三万二、三〇〇円、これに対する税額五万二、五〇〇円とする旨の決定(以下本件決定という)をし、これに対する原告の審査請求に対し福岡国税局長は、同年四月一二日付でこれを棄却し、その頃その旨原告に通知した。

(2)  前記の同年一月二七日付で被告が原告になした異議申立に対する本件決定の通知書理由記載欄には、何ら理由が付記されていないから右決定には理由付記不備の違法がある。即ち、行政不服審査法第四八条は、審査請求についての裁決には理由を付記すべき旨規定した同法第四一条第一項を異議申立についての決定にも準用すべき旨定めている。これは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであるので、理由付記の有無は国民の権利救済のため極めて重要な要素であるから、その不備は処分自体を違法ならしめるものである。

(3)  仮りに本件決定に前述の手続上の違法がないとしても、本件決定には、原告の昭和三九年度分の所得金額は二七万三、〇五八円であるに拘らず前記(1)、記載の如くこれを過大に認定した違法がある。

(4)  よつて本件決定の取消を求める。

二、被告の認否

請求原因第(1)項の事実すべて認める。

同第(2)項の本件決定書理由記載欄に理由が付記されていなかつた事実を認める。

三、抗弁

(1)  本案前の抗弁

(イ) 原告は当初本訴で被告が昭和四〇年九月二九日付でなした更正処分の取消を求めていたのに、昭和四二年一一月一四日の口頭弁論期日において、昭和四一年一月二七日付の異議申立に対する決定取消を求める訴に交換的に変更した。右変更に被告は異議はないが、異議申立に対する決定の取消を求める訴は行政事件であるから、その変更の時期が出訴期間内でなければならないところ、右変更すなわち新訴の提起はその期間を経過しているので本件訴は不適法である。

(ロ) 仮りに訴変更にならないとして本訴において本件決定が理由付記不備を理由に取消されることになれば、本件異議申立の段階に戻り(行政事件訴訟法第三三条第二項)本訴の提起が右異議申立の翌日から三ケ月を経過しているから右申立は当然審査請求とみなされる(国税通則法第八〇条第一項第一号)。ところが、先に原告からなされた原処分に対する審査請求は既に棄却されているから右の審査請求とみなされる申立は二重請求となり、審査庁において実体的判断はなされず却下されることになるとすれば本訴で本件決定を取消す法律上の実益はないことになるから、本訴は訴の利益を欠き不適法である。

(ハ) 仮りに前記(ロ)記載のように国税通則法第八〇条第一項第一号の適用がなく審査請求とみなされないとしても、既に原告は審査請求をしその実体上の判断を受けている以上、本件異議決定の取消を求めることはできない。何故なら、被告が本件決定の取消に従つて改めて理由を付記した決定をしたところで、既に審査庁において原処分を維持する実体上の裁決をなしている以上、再度の異議決定に対してなされる審査請求について審査庁としては前の裁決の拘束力によつてこれと異なる判断はできず、これを却下せざるをえないことになるから、本件決定を理由付記不備の理由で取消すことには何ら意味がないからである。

(ニ) なお右(ロ)(ハ)の点につき別紙(一)のとおり詳論した。

(2)  本案(請求原因第(3)項)に対する抗弁(主張)

(イ) 本件決定の取消事由は、本件決定の手続上の違法に限られるのであつて、所得を過大に認定した違法など更正処分の内容の違法を主張することは失当である(行政事件訴訟法第一〇条第二項)。

(ロ) 仮りに更正処分の内容の違法をも主張できるとしても被告が原告の昭和三九年度分の所得を算定した方法は次のとおりであり、何ら所得金額を過大に認定した違法はない。即ち

(a) 原告の昭和三九年度分所得算定に当り、原告には、遊興飲食税台帳及び領収証以外に帳簿書類の備付がなく、証拠書類等も不完全であつたこと、原告主張の審査請求書に添付された収支計算書の売上仕入の計算根基は全く薄弱で、特に料理の売上、仕入原価については恣意的な見込みにより算出されていたこと、のため適正な課税の実行は期し難いので、被告は、酒類の仕入金額を基礎として所得の推計を行つたのである。

(b) 推計課税の方法

売上金額の算定方法のうち、酒類については仕入先の反面調査により仕入数量を把握して次の表により算定した。

<省略>

((注) 一本当り売上単価については、原告は二つの店舗で単価が違うが加重平均によつた。)

そこで、総売上金額は前記の酒類売上金額二三六万四、〇九〇円を基として算定した。即ち、総売上金額に対する酒類売上金額の割合は、同業者の通常の割合が五四、五%であるので、原告の酒類売上金額二三六万四〇、九〇円を五四、五%で除して総売上金額四三三万七、七八〇円と算出した。

次に総所得金額の算定は、右総売上金額四三三万七、七八〇円に同業者の所得率三二、八%を適用して一四二万二、七九一円と算出した。更にこの金額より次の特別経費五八万七、一五六円を控除すれば事業所得金額は八三万五、六三五円となる。

雇人費 四一五、七〇〇円

減価償却費 三三、一〇九円

地代家賃 一六、六〇八円

利子割引料 五七、七一三円

飲食税 六〇、八七六円

奉仕料 三、一五〇円

計 五八七、一五六円

ついで、事業所得金額八三万五、六三五円より専従者控除一七万二、六〇〇円を控除すれば総所得金額は六六万三、〇三五円となり、被告の原処分の総所得金額六六万〇、五三一円を上廻るものである。

四、原告の、本案前の抗弁に対する主張

別紙(二)(三)のとおり

第三、証拠

原告甲第一号証提出

被告右成立認める。

理由

一、本案前の出訴期間徒過の抗弁について。

原告が訴状に請求の趣旨として「被告門司税務署重藤盛勝が原告に対し昭和四一年一月二七日付でなした原告の昭和三九年度分所得税に関する所得税額金五万二、五〇〇円とするとの更正決定は税額三、五二〇円を超える部分はこれを取消す」と記載して本訴を提起し、次で訴状訂正申立書をもつて請求の趣旨を「被告が原告に対し昭和四一年一月二七日付でした昭和三九年度分所得税に関する異議申立に対する決定を取消す」と訂正したことは本件記録に徴して明らかである。そして右訂正前の請求が昭和四一年一月二七日付で被告のなした決定を対象としていることはその表現自体からして明らかであり、その決定は原告の異議申立に対してなされたものであることは成立に争いのない甲第一号証により認められるので、訂正後の請求の対象も同一決定であることが明らかである。従つて右の訂正は当初の請求の趣旨を明確に表現したに留まり、そこに訴の変更があつたと見ることはできない。かように理解した上で本訴が出訴期間内に提起されたか否かについて考えるに、原告が本件決定を知つたのが少くとも昭和四一年二月二七日までの間であることは原告の主張自体から知ることができるところ、原告の本訴提起が同年七月七日であることは本件記録に徴して明らかであるから、原告の本訴は行政事件訴訟法第一四条第一項所定の三箇月の期間経過後に提起されたものといわざるを得ない(本件は同法条第四項前段の場合に該当しない)。然らば原告の本件訴えは不適法として却下を免れない。

二、仮に、原告の本訴が適法であつたとしても、原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。その理由は次のとおりである。

(一)  本案前の抗弁について。

(1)  まず、被告主張の(ロ)の抗弁であるが、原告の昭和三九年度所得税の確定申告から審査請求棄却に至るまでの経過が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、かかる関係の下において異議棄却決定(本件の場合一部棄却)が判決により取消された場合、異議申立がその申立のなされた日の翌日から起算して三月を経過しているとき、審査請求に移行する(国税通則法第八〇条第一項第一号)ことが被告の右抗弁の前提である。しかしかかる場合審査請求に移行しないものと解するを相当としそれは原告所論のとおりであり(別紙(二)の一)、そうである以上被告の該抗弁は既にこの点において理由がないから採用できない。

(2)  次に、被告主張の(ハ)の抗弁であるが、その理由のないこと当裁判所も原告所論(別紙(三)の二の二項)のとおり解するのを相当と考えるから、被告の該抗弁もまた採用できない。

(二)  本案について。

(1)  まず、本件決定の理由付記不備の主張について判断する。本件決定である成立に争いのない甲第一号証には、「馬場サツ子殿が昭和四〇年九月二五日付で提出した昭和四〇年一〇月三〇日付の所得税の異議申立書に対する異議申立については、次のとおり決定します」の記載の次に「決定」「決定の理由」および「課税標準等および税額等」の三らんがあり、その決定らんに「原処分を右の表の決定後の額のとおり取り消します」と記載され、決定の理由らんは空白、課税標準等および税額等らんはそれらの金額が決定前の額と決定後に分けて記載されている(この記載が決定らん記載の右の表に該る)。なるほど右のように決定の理由らんが空白で何等の記載もないことは原告主張のとおりであるが、しかしそのひとことをもつて本件決定の理由が直ちに不備であるということはできず、それが不備であるか否かはその記載全体を見て判断しなければならないことは当然のことである。そこで、問題は右にいう記載全体から見て理由不備といえるか否かであるが、もともと行政不服審査法第四八条、第四一条第一項にいう異議申立に対する決定に付すべき理由は、異議申立人の不服の事由(同法第四八条、第一五条第一項第四号参照)に対応してその結論に到達した過程を明らかにすることで足りると解するを相当とするところ、本件の場合原告の不服の事由が何であつたかが明らかにされないので(異議申立書が証拠として提出されない)、その適否を判断するに由ない。右のとおりで原告のこの点に関する主張は理由がない。

(2)  次に、本件決定は原告の所得を過大に認定した違法があると主張するが、もともと本件決定は原告の異議申立の一部を理由なしとして棄却し、その余を理由ありとして原処分たる更正決定を取消したものであると見るのを相当とし、そしてその棄却された部分の一部分の取消を求めて本訴を提起したものと解するのが相当である。

そうすれば、原告が所得の過大を争うとするならば、それは行政事件訴訟法第一〇条第二項により異議決定によつて一部取消のあつた原処分(残存部分)の取消を求める訴によるべきであり、本訴において主張し得ないことは明らかであるから、右主張も理由がない。

(三)  右のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。

三、よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中池利男 裁判官 川上孝子 裁判官山口茂一は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 中池利男)

別紙(一)

被告は、原告がその昭和四三年二月一三日付準備書面で引用する「東京高等裁判所昭和四一年(行コ)一四、一五、一六号事件昭和四一年一〇月二七日判決」に反論を加えて、被告の昭和四三年一月一六日付準備書面の主張を補充するとともに、次のとおり主張を追加する。

一、右判決は国税通則法第八〇条ならびに行政事件訴訟法第三三条の解釈を誤つたものである。

右判決は「国税通則法第八〇条第一項第一号の規定は、一たん異議申立について決定がなされ、右決定後の原処分に対し審査請求があり、それについての裁決がなされた場合には、たとえその後に異議申立についての決定が判決によつて取消されたとしても、もはやその適用の余地はないものと解するのが相当である。」と判示した。

右判決がこのような判断を示した根拠としているところの一つは国税通則法第八〇条第一項第一号の趣旨が、決定の遅延によつて異議申立人のこうむることあるべき不利益すなわち、決定の遅延によつて審査請求ならびに原処分の取消訴訟の提起が妨げられることを救済するにあるところ、異議申立に対する決定の判決による取消前にすでに審査請求がなされておれば、異議申立人としては、決定の遅延により不利益をうけるおそれはなくなつているのだから、決定遅延による不利益救済のために設けられた国税通則法第八〇条第一項第一号の適用はないという点にある。

しかしながら、国税通則法第八〇条第一項第一号のいわゆる「みなす審査請求」の場合には、異議申立て自体が審査請求に移行し、両者は併存しないことになつているのは、審査請求手続が開始されることによつて異議申立手続を存続させておく実質的な必要性が失われるので、行政手続経済上の見地から異議申立手続を省略するということを含ましめたものである。(国税通則法は、かりに異議申立人に審査請求を拒否する利益を失うという若干の不利益が生ずるかも知れない場合においても行政手続経済を考え、異議申立人は、それを受認すべきであるとしているのである。)そうだとすれば、異議申立についての決定が判決で取消される以前に審査請求がなされ、実体についての裁決がなされている場合には、右「みなす審査請求」が適用されないという右判決の判断は誤りである。異議申立についての決定の遅延による異議申立人の不利益は生ずる余地がないとするのは物の一面のみをみた誤つたものである。

また、右判決は、「みなす審査請求」になれば行政事件訴訟法が異議申立に対する決定自体の取消訴訟を認め、また、取消判決に拘束力を認めた行政事件訴訟法第三三条第二項の趣旨が抹殺されるという。しかし、行政事件訴訟法で異議申立についての決定の取消訴訟を認めたのは、異議決定も行政処分であるから、その固有の瑕疵を理由とする取消訴訟が認められるというだけであつて、裁判所にその取消判決において行政庁に対し行政処分をなすべき旨を命令する権限を与えたものではなく、また、行政事件訴訟法第三三条第二項は、申請を却下し、または棄却した処分が取消されても、従前の申請は存続し、処分庁としては改めて申請がなされなくても、処分をなすべきであり、再度の処分をなすにあたつては、取消判決の拘束力により、判決の趣旨に従うべきであるという当然のことを定めただけのもので、取消判決に、申請に対する処分をなすべき作為義務を課すことを認めたものではない。要するに、行政庁が取消判決後申請に対する処分をなすべき義務を負うのは、申請自体の効力に由来するものであつて、取消判決の直接の効力に基づくものではない。したがつて、この点に関する右判決の見解は、行政事件訴訟法の解釈を誤つたものである。

してみれば、右判決を引用する原告の主張も誤つているものといわねばならない。これを要するに、本件にあつても国税通則法第八〇条第一項第一号の適用があると解すべきところ、先に原告からなされた原処分に対する審査請求は既に棄却されているから右の審査請求とみなされる申立は二重請求となり、審査庁において実体的判断をされず、却下されることになる。

二、仮りに、国税通則法第八〇条第一項第一号の適用がなく、みなす審査請求とはならないにしても、原告は別途審査請求をし実体上の判断を受けているから、異議決定の取消を求めることはできない。なんとなれば、異議決定の取消後税務署長があらためて理由を附記した決定をしても、すでに審査庁において原処分を維持する実体上の裁決をなしている以上、再度の異議決定に付してなされる審査請求について審査庁としては、前の裁決の拘束力によつてこれと異る判断はなし得ず、これを却下せざるをえないわけであるから、本件異議決定を理由附記の不備を理由に取消す意味がないからである。原処分の違法でないことが判決で確定している場合に、審査決定について手続上の理由で取消を求めることが許されないとした最高裁判決(昭和三七年一二月二六日)があるが、判決と審査決定との関係についてのこの見解は審査の裁決と異議決定との関係についても妥当するというべきである。

別紙(二)

一、被告は、本訴において異議申立決定が取消されると、異議申立の段階に戻り、本訴の提起が異議申立の翌日から三ケ月を経過しているから、右申立は当然審査請求とみなされるところ、既に原処分に対する審査請求は棄却されているから、審査請求とみなされる申立は二重請求となり却下されることとなり、従つて本訴で異議申立決定を取消す法律上の利益を欠く旨主張する。しかし、右主張は国税通則法及び行政事件訴訟法の解釈、適用を誤つたものである。

本件異議申立決定が判決によつて取消されたとき、その判決の効力により、被告の異議申立決定はその効力を失い、異議申立決定のなかつた状態に復帰することは被告の主張するとおりである。しかしそれ以後の法律関係について、被告の前記本案前の抗弁がなんらの理由なき点に関して、白色申告の更正処分に対する異議申立棄却決定取消事件に対する東京高等裁判所昭和四一年一〇月二七日判決の理由を全面的に引用して、原告の反論とする。

即ち右事件において被控訴人平塚税務署長は本件と全く同じ主張をしているが、これに対して東京高裁は次のように述べている。

「国税通則法八〇条一項一号には、異議申立の日の翌日から三ケ月を経過する日までに、異議申立についての決定がなされないときは異議申立は審査請求とみなされる旨定められている。右規定が異議申立が三月の経過によつて審査請求に移行するものとした趣旨は、次のように解される。すなわち、国税に関する法律に基づいて税務署長がなした所得税額等の更正処分に対しては、先づ異議申立をなし、異議申立についての決定を経た後、審査請求をなすべきものとされていることは前記のとおりであり、しかも国税通則法第八七条第一項は、国税に関する法律に基づく処分で不服申立をすることができるものの取消を求める訴は、原則として、異議申立及び審査請求をなし、その決定および裁決を経た後でなければ、これを提起することができない旨定めているから、もし原処分庁である税務署長において異議申立についての決定を遅延するにおいては、異議申立人は審査請求はもちろん、原処分の取消訴訟も提起することができないばかりか、同法第八四条第一項の規定によれば、異議申立は原処分の効力、原処分の執行または手続の続行を停止する効力がないのであるから、異議申立人は異議の申立についての決定が遅延することにより不測の損害を蒙る虞なしとしない。国税通則法が、右の如く、原処分に対し異議申立と審査請求の二段階の不服申立を認め、審査請求は異議申立についての決定を経た後でなければすることができない旨、および原処分の取消訴訟は異議申立についての決定および審査請求についての裁決を経た後でなければ提起できない旨定めながら、異議申立についての決定が遅延した場合の措置を講じないのは不合理であるのみならず、異議申立人の不利益をかえりみないこととなるから、国税通則法第八〇条第一項第一号は、かかる不合理を是正し、決定の遅延によつて異議申立人の蒙むることあるべき不利益を救済する趣旨にでたものと解することができる。

また、異議棄却決定が判決によつて取り消された場合に、すでに審査請求についての裁決があつたのに拘わらず、異議申立の日の翌日から起算して三月を経過していることにより、異議申立が当然に審査請求に移行するものと解するにおいては、行政事件訴訟法が、前記の如く、異議申立についての決定自体の取消訴訟を認め、かつ取消判決の効力として、異議決定庁に対し、判決の趣旨に従い、改めて異議申立に対する決定をなすべきことを義務づけた同法第三三条第二項の規定の趣旨は抹殺され、その結果当事者の権利が不当に侵害される結果ともなる。これらのことを合せ考えると、国税通則法第八〇条第一項第一号の規定は、いつたん異議申立についての決定がなされ、右決定後の原処分に対し審査請求があり、それについての裁決がなされた場合には、たとえ、その後に異議申立についての決定が判決によつて取消されたとしても、もはやその適用の余地はないものと解するのが相当である。

本件では、上記認定の如く、控訴人は本件各原処分に対し異議の申立をなし、本件各決定を経た後、更にそれぞれ適法な審査請求をなし、かつ、これについて東京国税局長の実体的な裁決がなされたのであるから、本件各決定が判決によつて取消されたとしても、控訴人のなした各異議申立は、その申立のときから既に三ケ月経過しているとはいえ、審査請求に移行するものではない。」

右判例理論によつて明らかな如く、本件においても本件異議決定が判決によつて取消された後は、国税通則法八〇条一項一号は適用されないのであるから、被告主張のように二重の審査請求となることもなく、被告の主張は失当であるというべきである。

二、次に、被告は原告が昭和四二年一一月一四日に訴の交換的変更をした旨主張する。

しかし原告は訴の変更をしたのではない。

(1) 被告は、原告が訂正前の事件の表示が更正決定取消請求事件としてあり、また請求の趣旨、原因の記載文言、更正処分の違法のみを主張しているから、本件異議申立決定の取消を求める趣旨ではないと主張する。

しかしながら、第一に事件の名称をどのようにつけるかは、便宜的なものであつて、訴訟物は当事者がつけた事件の表示によつて変るものではない。要は当該訴によつて審判を求める対象は何であるかによつて事件の表示が終局的に決定されるものである。

第二に、当初の原告の請求の趣旨は「昭和四一年一月二七日付でなした……更正決定」とあるように、被告のした処分を明確に年月日で特定しているのである。

ところで被告のした処分は、請求原因欄記載のように昭和四〇年九月二九日付の更正処分および昭和四一年一月二七日付の異議申立決定(甲第一号証)の二つしか存しない。原告は自らした確定申告を維持すべきものとして、本訴を提起したものであることは、当初の訴状の記載自体によつて明らかであり、前記年月日で特定した異議申立決定の取消が本訴の目的である。ただそれを更正処分と記載すべきであつたか、若しくは異議申立決定と記載すべきであつたかの表示上の相違に過ぎないのである。

第三に、従つて被告が取消原因として更正処分の違法のみを主張している点も、前述したところから異議申立決定の違法を主張していることが明らかであるから、全く不当ないいがかりである。

(2) 訴の変更とは、審判の対象即ち訴訟物を変更することである。訴状の記載事項である請求の趣旨又はその原因を変更することによつて、訴訟物の同一性や範囲を変更することである。

(イ) 本件においては、前述の如く年月日で特定された特定の行政処分の取消を求めているのであるから、請求の趣旨が変更されたものではなく、単に当該処分の表示を訂正したに過ぎない。

(ロ) では請求の原因が変更されたであろうか。

請求の原因とは、いうまでもなく請求の趣旨と相まちこれを補足して、請求が特定の権利主張であることを明確にするに必要な事実である。

本件は行政庁のした処分の取消を求める、いわゆる形成訴訟であつて、形成訴訟の訴訟物は、原告が裁判によつて形成を求めうる法的地位にあることの権利主張であり、違法の主張そのものが一個の請求なのである。本件においては、原告が被告のした処分に対し、取消という権利関係の変更を求めうるという法的主張が訴訟物をなすものである。従つて本件異議申立決定に附着する個々の瑕疵(所得の過大認定であること、あるいは理由不記載は、右権利主張(訴訟物)を基礎づける事由に過ぎない(兼子、民事訴訟法大系一六五頁、三ケ月民事訴訟法一一四頁)。訴訟物がその個々の瑕疵毎に別個のものであるならば、新な瑕疵を訴訟上追加することは訴の変更の範囲に属することとなり、被告の主張も肯定されるところであるが、形成訴訟においては、訴訟物はその瑕疵毎に分断されるものでないことは通説である。

実体法上の請求権毎に訴訟物は別個であるとする、いわゆる旧訴訟物理論をとつても、訴訟物を特定とするための請求原因事実の変更、迫加が訴の変更となるのは給付訴訟についてのみであり、形成訴訟における瑕疵の追加、変更は訴の変更には属しないのである。

以上によつて、原告がした訴状訂正申立は、請求の趣旨の一部の表示の訂正、及び本件異議申立決定の違法であることの権利主張を基礎づける瑕疵の存在を追加した準備書面を兼ねているのであつて、訴の変更の申立ではない。何故ならば、前述のように所得の過大認定の主張と理由不記載の主張とによつて、別個の異議申立取消訴訟の訴訟物が存在するわけではないからである。

別紙(三)

一、国税通則法八〇条一項一号の「みなす審査請求」について行政庁の違法、不当の処分に対して、国家が行政不服審査法、行政事件訴訟法等の法律制度を設けたのは、国民の権利救済のためであり、税法に規定する不服審査制度は、納税者を不当な課税から救済し、その権利を保障するためである。

被告は「みなす審査請求」の場合には、異議申立自体が審査請求に移行し、両者が併存しないことになつているのは、審査請求手続が開始されることによつて異議申立手続を存続させておく実質的な必要性が失われるから、行政手続経済上の見地から異議申立を省略するという点にある旨主張する。

しかしながら、国税通則法上、異議申立手続は処分庁たる税務署長に不服の理由を判断せしめて原処分に対する再度の考案の機会を与えるものであるが、審査請求手続は原処分の判断の当否を審理するものであつて、明かに別個の手続である(二審制)。異議申立手続は更正処分という課税権を行使した処分庁(税務署長)と不服申立を審理する異議決定庁とが同じものであるという点において、判断機関としての中立性が著しくそこなわれており、権利救済制度としては極めて変則的な不合理なものとなつており、従つて税務署長が不服申立に対する審理を遅延させるにおいては、その間に原処分を執行し又は手続を続行することも可能であるから(法八四条一項)、異議を申立てた納税者は税務署長の恣意的な審理の遅延によつて不測の損害を受けることとなる。かくては異議申立が権利救済の制度であることの趣旨は没却されることとなる。そして国税通則法八七条によつて、納税者は不服申立前置主義にもとずく出訴の制限を受けていることとも合せ考えれば、異議申立についての決定の遅延による納税者の権利救済のために同法八〇条一項一号の規定が設けられたものと解すべきである。

審査請求手続が開始されることによつて異議申立手続が省略されるのは右のような趣旨にもとずくものであり、被告の主張するように行政手続経済上の見地にもとずくものではない。

被告のいう行政手続経済なる観点は、原処分の早期確定、つまり国民に行政庁の処分に対しては不服を云わせまいとする官僚的発想に帰因するものであり、また税収の安定を図らんとする国庫主義に毒されているものであるといわなければならない。

次に、本件異議申立についての決定が判決によつて取消された後の法律関係について、被告は、原告からなされた原処分に対する審査請求は既に棄却されているから、審査請求とみなされる申立は二重請求となり、却下されることとなる旨主張する。この点については、原告は既に詳細に述べているところであるので、敢えて反論するまでもないと思われるが、被告の右主張は行政事件訴訟法三三条の解釈を誤まり異議申立についての決定に対する納税者の出訴権を否認する議論である。

二、また、被告は、国税通則法八〇条一項一号の適用がなく、みなす審査請求とはならないにしても、原告は既に審査請求をし、実体上の判断を受けているから、異議決定の取消を求めることはできないと主張する。

この主張は、既述の東京高裁における異議棄却決定取消請求控訴事件において、平塚税務署長の主張するところと全く同じであるので、原告は再び同裁判所のすぐれた判例理論を全面的に引用せざるを得ない即ち「しかし、被控訴人(税務署長)が改めて本件各異議申立について決定した場合に、仮りに被控訴人(税務署長)主張のように、控訴人が更に原処分につき審査請求をなし得るものと解するにしても、右審査請求は、再度の異議決定を経た後の原処分に対してなされたもので、新たな審査請求と解すべきであるから、すでに原処分を維持する旨の実体的裁決がなされていても、右裁決は新たな審査請求について審査庁を覊束する効力はなく、審査庁は、右新たな審査請求が適法である限りこれについて実体的裁決をなすべきであつて、被控訴人主張のように、先に実体的裁決あることを理由に、これを却下することはできないものと解しなければならない。けだし再度の異議決定を経た後の原処分に対して更に審査請求をなし得ることを肯定する以上、すでに原処分に対する審査請求についての実体的裁決がなされていることを理由に、常にこれを却下すべきものとなすにおいては、再度の審査請求をなし得ることを否定するのと同じ結果になるからである。

したがつて、再度の審査請求が……常に却下されるものであることを前提とする被控訴人の主張はそれ自体に矛盾があるのみならず……被控訴人が異議申立について改めて決定をしなおすに当つては、原処分の当否について判断を加え、場合によつては原処分の取消または変更の決定をしなければならない場合があり得る以上、再度の異議決定を経た後の原処分につき更に審査請求をなし得ると否とに関係なく、すでにこの点において本件決定の取消を求める法律上の利益がある」と。

なお、被告は最高裁昭和三七年一二月二六日判決(集一六巻一二号二五五七頁)を引用して、審査の裁決と異議決定との関係は、原処分の違法でないことが判決で確定している場合に、審査決定について手続上の理由で取消を求めることが許されないと同じように考えるべきである旨主張するが、右判決は、原処分の取消と審査決定の取消とを同時に訴求した場合で審査決定の違法が理由附記の不備だけであるという場合の判決であり(最高裁判例解説民事篇昭和三七年度、四八三頁)被告の主張は立論の前提を欠くものである。何故ならば本件において、すでになされた審査決定の違法が判決で確定しているものではなく、また前述のように、既存の裁決は新たな審査請求について審査庁を覊束する効力もないからであり、更に原告は本件異議決定の取消のみを訴求しているのであるからである。

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